70年安保、全共闘で騒然とした学生生活を終えてなんとか社会に飛び出たのは71年のことだった。
当時を振り返って見ると、あの頃のサラリーマンは皆手ブラで通勤していたことを思い出す。殆どの男はタバコを吸っていて、だからポケットには煙草の箱やマッチかライター、それに加えてもちろん財布や定期入れがあったが、全部背広に収まっていた。当時の流行りは今のような体にぴったりフィットしたものだったが、なんとかやっていたのだ。「サラリーマンは気楽な稼業」と一世を風靡した植木等も、映画の中で手ぶらだった。
それ以前は、どうだったのだろう。戦前は、紳士の身だしなみとして、鞄は普及していたように思われる。それが変わったのは、60年代の急速な意識の変化、ではなかったろうか。ビートルズの登場、ピーコック革命と言われたファッションの大胆化、サイケデリックという言葉もファッションのカラフル化を支えた。既成概念の否定、自由な暮らし振りへの希求は、高度経済成長の底流として着実に大きくなっていたと思う。
70年代の後半だろうか、80年代の前半だろうか、クラッチバッグのような小物入れが流行り出した。内心はサラリーマンも結構不自由していたのだろうか、瞬く間に大流行となった。小物入れを持たない人がかえって目立つほどになった。
この小物入れはやがて次第に大きくなり、小型の鞄になり、デジタル時代の到来とともにレギュラーサイズの鞄になった。PC、さらにはスリムなノートブックが普及し、これをバッグに収納する必要が出てきたからだ。
今やバッグは巨大化し、パンパンに膨らんで若手サラリーマンの肩に重そうに食い込んでいる。彼等は複数の携帯、私用と社用、を持ち、バッグ内にはノートブックPCかタブレット、人によってはその双方、を入れ、WIFIを用意し、プレゼン用あるいは個説明用の資料をバッグ内に抱え込んでいる。
かつて、デジタル化はペーパーレス化と自由な勤務時間と勤務場所をもたらすと囃し立てられた。だが、いつの時代もイノベーションは人々に思いもつかない新たな桎梏をもたらす。
かくて、日本の若手サラリーマン達は、90年代を象徴し古臭いと思われている「24時間戦え」る準備を満身に装備して、今日も電車に揺られている。 (